弘仁10年(819年)、弘法大師空海が唐から請来した地蔵菩薩像を本尊として安置し、寺を創建したと伝わる。正式名称は「蓮花寺」であるが、本尊への信仰形態から「釘抜地蔵」の名で広く知られるようになった。中世には荒廃した時期もあったとされるが、千本通沿いという立地から西陣地域の町衆との結びつきが強く、庶民信仰の場として命脈を保ち続けた。近世に入ると、「苦しみを抜く」という現世利益的な霊験への信仰が「苦抜き地蔵」から「釘抜き地蔵」へと転じ、独自の奉納文化として釘と釘抜きを模した絵馬が境内に掲げられる習俗が根付いたとされる。近代以降も西陣の織物業者や地域住民の篤い信仰を集め、毎月24日の縁日は現在に至る…