横浜市中区本牧元町に位置する高野山真言宗(金剛峯寺直末)の寺院で、正式名称は「東光山醫王院千蔵寺(とうこうさんいおういんせんぞうじ)」。本尊は「不動明王立像(ふどうみょうおうりゅうぞう)(二尺一寸)」で、脇本尊に如意輪観音像・弘法大師像を祀る。隣接する「多聞院(たもんいん)」の別寺(隠居所)として慶長2年(1597年)に「慶尊法印(けいそんほういん)」が中興開山し、寛文7年(1667年)に現在地へ移転した。天明3年(1783年)に堂宇が再建され、明治5年(1872年)の火災・大正12年(1923年)の関東大震災による倒潰を経て翌年に再興、大正15年(1926年)に高野山金剛峯寺の直末に改定された。「東国八十八ヵ所霊場(とうごくはちじゅうはちかしょれいじょう)第45番」・「横浜観音三十三観世音霊場(よこはまかんのんさんじゅうさんかんぜおんれいじょう)第18番」・「横浜弘法大師二十一箇所(よこ…
千蔵寺は本牧元町の高野山真言宗の寺院で、隣接する多聞院(たもんいん)の「別寺(べつじ)」(住職の隠居所として独立した小院)として成立した。慶長2年(1597年)、慶尊法印(けいそんほういん)が多聞院の別寺として開創(中興)し、その後、寛文7年(1667年)に現在地(本牧元町12-16)へ移転した。本尊の「不動明王立像」の他に如意輪観音・弘法大師を祀り、真言密教の修法道場としての性格が強い。天明3年(1783年)には堂宇の全面再建が行われ、伽藍が整備された。明治5年(1872年)の火災と大正12年(1923年)の関東大震災(堂宇倒潰)という二度の大きな打撃を受けたが、いずれも翌年に再興している。…