横浜市中区本牧元町に位置する高野山真言宗(金剛峯寺直末・寺格五等)の寺院で、正式名称は「醫王山成願寺多聞院(いおうざんじょうがんじたもんいん)」。本尊は「不動明王坐像(ふどうみょうおうざぞう)」(寛永16年・1639年造立)で、脇侍に二童子立像(元禄14年・1701年造立)が並ぶ。別堂には海中から出現したという伝承を持つ薬師如来が安置される。寺伝では弘仁3年(812年)に弘法大師(空海)が開基したとされ、「新編武蔵風土記稿」によれば実際の開基は観譽法印(かんよほういん・寂1585年)とされる。天正19年(1591年)に徳川家康から隣接する十二天社(現・十二天神社)の別当寺として12石の御朱印状(ごしゅいんじょう・領地の公認証)を拝領したことが史料に残る。「千蔵寺(せんぞうじ)」は多聞院の別寺(隠居所)として分立した寺院で、本牧元町内で南西約150メートルの位置に所在する。東国八十八ヵ所霊場…
多聞院の草創について、寺伝では弘仁3年(812年)に弘法大師(空海・774〜835年)が東国行脚の折に開基したと伝える。しかし「新編武蔵風土記稿(しんぺんむさしふどきこう)」の記述では、実際の開基は観譽法印(かんよほういん)で天正13年(1585年)に没したとあり、実際の創立は小田原北条氏(おだわらほうじょうし)の分国時代(15〜16世紀)頃と推定される。戦国期に小田原北条氏の支配下で寺格が整えられ、天正19年(1591年)に徳川家康が江戸に入府した直後、本牧の十二天社(じゅうにてんしゃ・現在の十二天神社)の別当寺(べっとうじ・神社を管理する寺院)として12石の御朱印状(ごしゅいんじょう)を拝…