下野市の天平の丘公園は、下野国分寺跡・国分尼寺跡を含む古代の歴史公園。
奈良時代の天平文化の中心地であったこの地は、下野国の国府に近接していた。
国分寺跡は礎石が残り、往時の壮大な伽藍配置を偲ぶことができる。
国分尼寺跡と合わせて国の史跡に指定され、古代下野国の繁栄を物語る。
公園内には「しもつけ風土記の丘資料館」があり、出土品や歴史資料を展示。
春には約450本の桜が咲き誇り、「天平の花まつり」が開催される。
淡墨桜・山桜・八重桜と、品種の異なる桜が時期をずらして咲き続ける。
古代のロマンと花の美しさが共存する、県南地域屈指の歴史公園。
遊歩道が整備され、国分寺跡から国分尼寺跡までの散策が楽しめる。
奈良時代の下野国の栄華を今に伝える、学術的にも重要な史跡群。
741年(天平13年)、聖武天皇の詔により全国に国分寺・国分尼寺の建立が命じられ、下野国においても国分寺と国分尼寺が創建された。下野国分寺は金光明四天王護国之寺として七重塔を擁する壮大な伽藍を誇ったとされ、奈良時代の天平文化を体現する一大宗教施設であった。平安時代以降は国家の庇護が薄れ、中世には荒廃が進んだとみられる。近世以降も廃寺の状態が続いたが、礎石や基壇が地下に遺存し、往時の規模を今に伝える。明治以降の調査・発掘によって伽藍配置が解明され、国分寺跡・国分尼寺跡はともに国の史跡に指定された。昭和後期から整備が進み、天平の丘公園として一般に開放されるとともに、「しもつけ風土記の丘資料館」が設…