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下野薬師寺回廊跡
下野薬師寺回廊跡
創建
680
種別
史跡
アクセス
JR自治医大駅から徒歩約15分
栃木県下野市薬師寺1636
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基本情報
史跡
創建 680
1346年目
御祭神・御本尊
薬師如来
宗派
国分寺系
ご利益
健康長寿・病気平癒
厄除け・災難除け
延命長寿
病気平癒・身体健全・心身の癒し。薬師如来や観音菩薩を本尊とする寺院が霊験あらたか。
御祭神「薬師如来」のご神徳に由来
概要
下野市に所在する下野薬師寺跡は、奈良時代の三戒壇の一つとして知られる国の史跡。 天武天皇の時代(680年頃)に建立され、東国の仏教教化の中心であった。 日本三戒壇(東大寺・観世音寺・下野薬師寺)の一つとして、僧侶の受戒が行われた。 道鏡が左遷されて別当を務めたことでも知られ、奈良時代の政治史と深く関わる。 発掘調査により回廊・金堂・塔の基壇が確認され、壮大な伽藍配置が判明。 回廊跡は復元表示され、往時のスケールを実感できる。 下野薬師寺歴史館で出土品の展示を見学でき、古代の寺院文化を学べる。 天平の丘公園・国分寺跡と合わせた古代下野の歴史散策コースの一つ。 安国寺が後継寺院として現在も隣接して存続している。 奈良時代の東国仏教文化の頂点を示す、学術的にも極めて重要な遺跡。
由緒
下野薬師寺の創建は天武天皇の時代(7世紀後半)とされ、東国最古の寺院の一つ。 律令国家の仏教政策により、東国の僧尼の戒律を授ける戒壇が設置された。 日本三戒壇として、東大寺(大和)、観世音寺(筑紫)と並ぶ格式を持った。 天平宝字8年(764年)、藤原仲麻呂の乱後に道鏡が下野薬師寺別当に左遷された。 道鏡の左遷は称徳天皇崩御後の政変を物語り、奈良時代の政治史の重要な事件。 平安時代以降は戒壇としての機能を失い、次第に衰退した。 中世には荒廃が進んだが、安国寺として一部が再興された。 江戸時代には農地化が進み、遺構は地中に埋もれた。 明治時代に学術調査が開始され、寺域の範囲が確認された。 昭和41…
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