神奈川県大和市つきみ野に位置する遺跡で、下鶴間地区にかつて鎮座した浅間神社(せんげんじんじゃ、通称・鶴間神社/公所浅間神社)の旧社地である。祭神は木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)。社伝では源頼朝の創建と伝わるが確証はなく、1503年(文亀3年)の記録には「靏舞神社(つるまいじんじゃ)」として既にその名が見え、戦国大名・北条早雲の時代には存在していたことが確認できる。1707年(宝永4年)の棟札には「富士浅間大菩薩」と記されており、この頃までに富士信仰の影響を受けて浅間神社へと改称されたとみられる。1973年(昭和48年)、国道16号「大和バイパス」の新設によって境内地の大半が失われることになり、1975年(昭和50年)9月、神社は東方の現在地へ遷座した。バイパス西側に残る旧社地は「下鶴間浅間社遺跡」として保存され、富士塚(浅間の森)など神社時代の痕跡を今に伝えている。また同地は縄…
下鶴間浅間社遺跡は、大和市南部の下鶴間地区にかつて鎮座した浅間神社の旧社地である。この神社は木花咲耶姫命を祭神とし、社伝では源頼朝が富士の裾野での鷹狩りの帰途にこの地を通りかかった際、鶴が舞う姿を見て「鶴舞の里(つるまいのさと)」と名付けたという伝説を伝える。この地名伝説は現在も大和市の「つる舞の里歴史資料館」の名に受け継がれている。史料上は1503年(文亀3年)の記録に「靏舞神社(鶴間神社)」として記載があり、戦国大名・北条早雲の時代にはすでに存在していたことが確認できる。1707年(宝永4年)の棟札には「富士浅間大菩薩」と記されており、江戸中期には富士講・富士信仰の広まりとともに浅間神社へ…