平安後期、この地は関白・藤原忠通(1097〜1164年)の邸宅「四条内裏」が置かれた地であり、近衛天皇(在位1141〜1155年)もたびたび行幸した由緒ある場所。仁平元年(1151年)頃、近衛天皇の御所に夜ごと怪物「鵺」が現れるという事件が起き、源頼政(1104〜1180年)がこの神明神社に祈願ののち弓矢で見事に鵺を退治したと伝わる。この説話は『平家物語』にも記され、頼政の名声を高めた出来事として知られる。社名の「神明」は天照大神を祀る伊勢系の神社を指す一般名称で、近世には「榎神明」として地域の鎮守として機能してきた。