764年(天平宝字8年)、称徳天皇が藤原仲麻呂の乱鎮圧の際に四天王に誓願を立て、その報謝として創建した。奈良時代には東大寺・興福寺と並ぶ大寺院として栄えたが、平安時代以降に衰退が進んだ。鎌倉時代の1236年(嘉禎2年)頃、真言律宗の祖である叡尊上人(興正菩薩)が入寺し、戒律復興の拠点として寺を整備・再興した。叡尊のもとで伽藍の修復が進み、社会事業や民衆への布教も積極的に行われ、西大寺は再び隆盛を取り戻した。室町・戦国時代には再び衰退の時期を迎えたとされる。江戸時代には幕府の保護を受けて一定の復興が図られた。現在は真言律宗の総本山として法灯を継ぎ、本堂・四王堂・愛染堂など重要文化財の建造物が境内…