安政6年(1859年)5月、横浜が開港場として整備されるにあたり、港崎遊廓(みよざきゆうかく)を経営した岩槻屋佐吉が讃岐国象頭山の金毘羅大権現(現・金刀比羅宮)を港崎町(現・横浜公園の地)に勧請・創建した。幕末の横浜遊廓の守護神として、港に集まる船人・商人・遊郭関係者の信仰を集めた。慶応2年(1866年)の大火で港崎遊廓が焼失し、遊廓は吉田新田・高島町へ移転した。明治5年(1872年)、遊廓の移転に伴い高島町7丁目の海側へ遷座し「金刀比羅神社」と改称した。同年、東京・浅草の大鷲神社に倣い日本武命ら「おとり様」を勧請して大鷲神社を合祀し、浅草の酉の市と同様に横浜でも酉の市が開催されるようになった…