天寧寺は楠木正成の八男とされる傑堂能勝禅師が会津(現・福島県)で開いた寺院を起源とし、天正年間(1573-1592年)に現在の京都・鞍馬口の地に移転したと伝わる。曹洞宗の禅刹として整備される一方、天明の大火(1788年)により多くの堂宇が焼失した。本堂は文化9年(1812年)に、書院は天保14年(1842年)に再建され、現在の寺観が整えられた。観音堂には後水尾天皇と東福門院の念持仏が安置されており、皇室との縁を今に伝えている。江戸時代の著名な茶人・金森宗和(1584-1656)はこの寺に縁深く、境内に墓所が置かれている。宗和は「姫宗和」とも呼ばれた優美な茶風を確立し、後水尾天皇や徳川家光の御前…