寛文11年(1671年)、黄檗山萬福寺の第6世住職・千呆(せんがい)禅師が貴船の鎮宅霊符神を勧請してこの地に開創した。後水尾法皇がみずから「閑臥庵」と命名し御宸筆の額を寄進したと伝わり、禅寺でありながら陰陽道に連なる霊符神を主要な信仰対象とする独特の寺院となった。黄檗宗は承応3年(1654年)に中国・福建省出身の隠元隆琦が来日して創始した禅の一派で、中国文化の影響を色濃く受けた伽藍様式が特徴である。江戸時代を通じて法灯を守り、後水尾法皇ゆかりの鎮宅霊符神への信仰がこの地に根付いていった。明治以降も黄檗宗寺院として法脈を継ぎ、普茶料理の提供という独自の文化的伝統を今日まで守り続けている。