戸隠神社は長野県長野市戸隠に鎮座し、天岩戸伝説に由来する霊山・戸隠山の山麓から山頂にかけて奥社・中社・宝光社・火之御子社・九頭龍社の五社が点在する霊場。天手力雄命が天岩戸を投げ飛ばしたとされる地として古事記・日本書紀にも由来を持ち、中世には比叡山・高野山と並ぶ「三大霊山」のひとつに数えられた修験道の聖地。奥社へと続く約2キロの参道は樹齢400年を超える杉並木が続き、国の天然記念物に指定された圧倒的な景観を誇る。知恵の神・天八意思兼命を祀る中社周辺は戸隠そばの里としても全国に名高く、約70軒のそば店が軒を連ねる。開運・学業成就・スポーツ上達・縁結びなど多彩なご利益で知られ、忍者の里・戸隠の伝説とともに長野を代表するパワースポットとして年間多くの参拝者が訪れる。
戸隠神社の創建は定かではないが、社伝によれば天照大神が天岩戸に隠れた際、天手力雄命が岩戸を投げ飛ばし、それが現在の戸隠山に落ちたと伝わる。これを機縁として霊地が開かれたとされ、奈良・平安時代には山岳修験の場として次第に整備されていったと考えられる。平安時代末期から鎌倉・室町時代にかけて、戸隠山は修験道の一大霊場として栄え、比叡山・高野山と並ぶ「三大霊山」のひとつに数えられるほどの隆盛を誇ったとされる。中世には衆徒が組織化され、戸隠衆と呼ばれる宗教集団が山内を統括した。近世には徳川幕府の庇護を受け、社殿の整備が進められた。明治初年の神仏分離令により、それまで「戸隠山顕光寺」として神仏習合の形態を…