鎌倉市寺分に鎮座する高野山真言宗の寺院。山号は天照山、院号は薬王院、本尊は不動明王。治承年間(1177〜1181年)に相模の有力武士・大庭氏の一族によって創建されたと伝わり、鎌倉幕府創設と同時代の歴史を持つ。境内裏手の崖面にはやぐら(中世の岩窟墳墓)が残り、鎌倉時代の埋葬文化を今に伝える。「探し大師」と呼ばれる弘法大師坐像は失せ物発見のご利益で知られ、文政4年(1821年)に相模国準四国八十八ヶ所霊場の第13番札所に指定されて以来、四国遍路の功徳を関東で受けられる巡礼地として親しまれている。かつては近隣の駒形神社の別当寺を務め、現在は等覚寺が管理する無住の静かな寺院。湘南モノレール 湘南深沢駅から徒歩約5分。
治承年間(1177〜1181年)、相模国の有力武将・大庭氏ゆかりの者が創建したと伝わる。大庭景親(?〜1180年)は治承4年(1180年)の石橋山合戦で源頼朝軍と戦った坂東武者として知られる。その後、正平年間(1346〜1370年頃)に荒廃。永享3年(1431年)に高野山慈眼院の法印霊範が中興し、現在の高野山真言宗寺院としての基盤が整えられた。近世には駒形神社の別当寺として神仏一体で管理を担い、地域信仰の核を形成した(1843年の棟札に東光寺住職「極派」の名が記される)。文政4年(1821年)に相模国準四国八十八ヶ所霊場の第13番札所に指定され、弘法大師信仰の巡礼地としての役割が加わった。明治…