慶長7年(1602年)、関ヶ原の戦い後に長門国に6万石を分知された毛利秀元が長府に城を構えるにあたり、毛利氏の守護神を勧請して宮崎八幡宮を創建したのが起源。応神天皇・武内宿祢・大国主大神を合祀し、のちに「松崎神社」と改称された。一方、天保5年(1834年)には毛利秀元の霊社に「豊功大明神」の称号が勅許され、慶応2年(1866年)に忌宮神社境内で「豊神社」として創建(明治10年〔1877年〕に「豊功神社」と改称)。大正6年(1917年)、忌宮神社境内の豊功神社と宮崎町の松崎神社が合祀されて現在地に遷座し、現社号が確定した。歴代長府藩主16柱を合祀する藩主合祀社として旧県社に列格されている。慶応元…