日本武尊の東征にまつわる悲恋伝説を起源とする古社。日本武尊が三浦半島から房総へ渡る際に大暴風雨に遭い、妃の弟橘媛命が身を海に投じて海神を鎮め一行を救った。その後、東征を続ける日本武尊が湯島の地に滞在した際、亡き妃を偲ぶ日本武尊の姿を哀れんだ里人が尊と妃を祀ったのが当社の起源と伝わる。祭神は日本武尊・弟橘媛命・倉稲魂命の三柱。平安初期の弘仁年間(810-824年)に嵯峨天皇の勅裁で「稲荷の関東惣社」と定められ、江戸時代には「妻恋稲荷」として王子稲荷と並ぶ参詣者を集めた。湯島天神と神田明神の間の急坂「妻恋坂」に面した小社ながら、その名の通り夫婦和合・縁結びの御利益で知られる。