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妻恋神社
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妻恋神社
東京都
創建
100
種別
神社
アクセス
東京メトロ千代田線 湯島駅から徒歩5分 / JR御茶ノ水駅から徒歩10分
東京都文京区湯島3-2-6
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基本情報
神社
創建 100
1926年目
御祭神・御本尊
日本武尊
弟橘媛命
倉稲魂命
ご利益
商売繁盛
五穀豊穣
出世開運
事業繁栄・開店繁盛・取引成功。稲荷神社や恵比寿神社で広く祈願される。
御祭神「日本武尊・弟橘媛命・倉稲魂命」のご神徳に由来
概要
日本武尊の東征にまつわる悲恋伝説を起源とする古社。日本武尊が三浦半島から房総へ渡る際に大暴風雨に遭い、妃の弟橘媛命が身を海に投じて海神を鎮め一行を救った。その後、東征を続ける日本武尊が湯島の地に滞在した際、亡き妃を偲ぶ日本武尊の姿を哀れんだ里人が尊と妃を祀ったのが当社の起源と伝わる。祭神は日本武尊・弟橘媛命・倉稲魂命の三柱。平安初期の弘仁年間(810-824年)に嵯峨天皇の勅裁で「稲荷の関東惣社」と定められ、江戸時代には「妻恋稲荷」として王子稲荷と並ぶ参詣者を集めた。湯島天神と神田明神の間の急坂「妻恋坂」に面した小社ながら、その名の通り夫婦和合・縁結びの御利益で知られる。
由緒
弟橘媛の入水は『古事記』『日本書紀』に記される古代の悲話で、走水(現横須賀市)で海に身を投じた媛の衣の袖が打ち上げられたことから「袖ヶ浦」の地名が生まれたとされる。日本武尊はその後も東征を続け碓氷峠で「吾嬬はや(ああ、我が妻よ)」と嘆いたと伝わり、この故事が「吾妻」「東(あずま)」の語源ともされる。妻恋神社はこの悲恋伝説の東京における記念碑的存在である。江戸時代には関東稲荷の総社として格式が高く、治承年間(1177-81年)には幕府の祈願所として関東二十八国に神階を下した。
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