上野公園内に鎮座する朱の鳥居が連なる美しい稲荷神社。創建年は不詳だが古くから忍岡稲荷と称され、石窟の上にあったことから「穴稲荷」の俗称でも呼ばれた。承応3年(1654年)、天海大僧正の弟子・晃海僧正が霊夢に感じて荒廃していた社を再建し、上野の山の守護神として祀った。幕末の慶応4年(1868年)、上野戦争では彰義隊と新政府軍の最後の激戦地「穴稲荷門の戦」の舞台となった歴史を持つ。明治6年に篤志家により再興され「花園稲荷」と改名。縁結び・商売繁盛の御利益で知られ、朱塗りの鳥居が続く参道は上野の杜の撮影スポットとしても人気。五條天神社と境内を接し、合わせて参拝する人が多い。