6世紀の仏教伝来以降、日本古来の神道と外来の仏教が融合し、一つの信仰体系として発展した宗教現象。奈良時代には神社内に神宮寺(神のための寺)、寺院内に鎮守社(仏を守る神社)が併設された。平安期に「本地垂迹説」が成立——日本の神々は仏・菩薩が民衆救済のため神の姿で現れた(垂迹)ものとする思想で、天照大神=大日如来、八幡神=阿弥陀如来などの対応が定められた。鎌倉期の両部神道(真言密教系)・山王神道(天台系)、室町期の吉田神道を経て、江戸期には寺社が一体化した形で地域信仰を支えた。1868年の神仏分離令まで約1,200年にわたり日本人の宗教生活の基本形態であり、現在も日本各地の神社・寺院に痕跡が残る(例:鶴岡八幡宮の薬師堂、日光東照宮の輪王寺一体化)。