嵐電「梅宮大社」駅から徒歩すぐ
京都府京都市右京区梅津フケノ川町30
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奈良時代に橘諸兄の母・県犬養三千代が創建したと伝わる古社で、酒造の神と子授け・安産の神として知られる。祭神の酒解神・酒解子神は酒造りの祖神であり、境内に醸造した御神酒「賀茂泉」が奉納される。子授けの霊験は広く知られ、子宝に恵まれたい人々が「またげ石」をまたぐ独特の参拝作法が今も行われている。境内の梅林は約450本の梅が植えられ、早春には白梅・紅梅が一斉に咲き誇り京都屈指の梅の名所となる。4月から5月にかけてはつつじが咲き、苑内は花の楽園と化す。嵐電「梅宮大社」駅からすぐという好立地で、嵐山散策の帰りに立ち寄る参拝者も多い。
730年(天平2年)頃、橘諸兄の母・県犬養三千代が大和国(現在の奈良県木津川市付近)に創建したと伝わる。三千代は元明・元正両天皇に仕えた女官で、酒造の神として知られる祭神を篤く崇敬したとされる。平安時代に入ると、嵯峨天皇の皇后・橘嘉智子(檀林皇后)の発願により、現在地である山城国梅津の地へ遷座したと伝わる。以降、皇室や公家との縁が深まり、宮中の酒造祭祀とも関わりを持ったとされる。中世には社勢が一時衰退したものの、近世には子授け・安産の霊験が広く知れ渡り、庶民の信仰を集めた。江戸時代には「またげ石」による子宝祈願の作法が定着したと伝わる。明治維新後の神仏分離令を経て社格が整えられ、近代以降は府社…
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橘嘉智子(786-850)は嵯峨天皇の皇后・檀林皇后として知られる。仁明天皇の生母であり、橘氏の出身。皇后時代、大和国にあった梅宮大社を現在地である山城国梅津の地へ遷座させ、宮中の酒造祭祀と結びつけた。子授けの霊験で知られ、皇后自身が当社で祈願し仁明天皇を授かったとの伝承から、子授けの神として広く信仰されるようになった。境内の「またげ石」をまたぐ作法は嘉智子の故事に由来する。
県犬養三千代(生年不詳〜733年)は元明・元正・聖武の三代に仕えた女官で、藤原不比等の妻、橘諸兄の母、橘嘉智子(檀林皇后)の祖母にあたる。天平2年(730年)頃、大和国(現在の奈良県木津川市付近)に酒造の神を祀って創建したのが梅宮大社の起源と伝わる。橘氏の氏神社として位置づけられ、子孫の繁栄と一族の安寧を祈願した。
嵯峨天皇(786-842)は皇后・橘嘉智子による梅宮大社の遷座を支援し、平安遷都後の宮廷祭祀の一つとして当社の格式を高めた。嵯峨天皇は橘氏とも縁が深く、皇后嘉智子を通じて橘氏の氏神社である当社に篤い崇敬を寄せた。後の二十二社制度において梅宮大社が下八社に列せられる基礎を築いた。
関連
松尾大社
同じく京都西部の酒造の神を祀る古社で、二十二社の上七社。梅宮大社と並び酒造業者の崇敬を集める。
関連
上賀茂神社
二十二社上七社の一つ。京都の式内社として梅宮大社と同じく宮廷祭祀の中核を担った。
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