王仁(わに)は、『古事記』『日本書紀』に応神天皇の代に百済から渡来したと記される学者で、『論語』と『千字文』をもたらし、日本に漢字と儒学を伝えた文化の恩人とされる(その史実性には諸説ある)。江戸時代、徳川家の儒臣・林羅山が上野の忍岡に私塾と孔子廟(のちの湯島聖堂の前身)を設けたことから、上野の山は儒学ゆかりの地とされた。この縁により、王仁博士を顕彰する碑が昭和16年(1941年)に建立された。中央の本碑のほか、博士の肖像を刻んだ碑や日本語・英語・韓国語による案内板が併設され、古代の文化伝来と日韓交流の歴史を物語る場となっている。