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彰義隊戦死之墓
東京都
上野戦争(1868年)で一日にして壊滅した旧幕臣の部隊・彰義隊を弔う墓・山岡鉄舟揮毫の墓碑が西郷隆盛像の後方に建つ東京都指定旧跡
種別
史跡
アクセス
JR上野駅公園口から徒歩約5分(西郷隆盛像の後方)
東京都台東区上野公園
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基本情報
史跡
概要
上野恩賜公園、西郷隆盛像の後方に建つ、慶応4年(1868年)の上野戦争で戦死した彰義隊士を弔う墓。彰義隊は、東叡山寛永寺に謹慎した最後の将軍・徳川慶喜を護衛するため結成された旧幕臣の部隊で、5月15日の新政府軍の総攻撃によりわずか一日で壊滅した。明治7年(1874年)に隊の生き残りが当地での埋葬を許され、明治14年(1881年)に山岡鉄舟の揮毫による「戦死之墓」の墓碑が建立された。東京都指定旧跡。
由緒
彰義隊は、鳥羽・伏見の戦いに敗れて東叡山寛永寺に謹慎した15代将軍・徳川慶喜を護衛するため、慶応4年(1868年)に旧幕臣らが結成した部隊である。新政府軍は同年5月15日に上野を包囲して総攻撃を仕掛け(上野戦争)、アームストロング砲など最新兵器を擁する政府軍を前に彰義隊は一日で壊滅し、寛永寺の堂宇の多くが焼失した。戦後、上野の山に放置された数百の遺体は、南千住・円通寺の住職らによって火葬されたと伝わる。明治7年(1874年)、生き残った隊士らが新政府の許可を得て当地に墓所を整え、明治14年(1881年)には旧幕臣・山岡鉄舟の揮毫による「戦死之墓」の墓碑が建立された。現在は東京都指定旧跡として、…
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