延喜元年(901年)、菅原道真が太宰府へ左遷される途上、和歌浦に立ち寄り、その風光を愛でたことを縁起として創建されたと伝わる。道真を祭神とするこの社は、京都の北野天満宮・福岡の太宰府天満宮と並ぶ「三菅廟」の一つとして古くから篤い崇敬を集めてきた。中世には戦乱や火災により社殿が荒廃した時期もあったとされる。慶長11年(1606年)、紀伊藩主・浅野幸長が社殿を大規模に再建し、現在に伝わる桃山様式の楼門・本殿・拝殿が整えられた。これらの建造物は精緻な彫刻と意匠を誇る桃山建築の傑作として評価され、国の重要文化財に指定されている。江戸時代には紀州徳川家の庇護を受け、学問・文芸の神として広く信仰された。明…