要法寺は延慶元年(1308年)、日蓮聖人の高弟・日尊上人によって創建されたと伝わる。日尊上人は日蓮宗内において本迹勝劣論を主張し、独自の教義的立場を確立した人物であり、その法流は富士門流として後に日蓮本宗へと発展した。中世を通じて京都における日蓮系宗派の重要な拠点として機能したが、天文元年(1532年)の天文法華の乱では、当寺の源流にあたる上行院・住本寺が一向宗門徒と六角定頼の連合軍による焼き討ちで焼失した。天文19年(1550年)、両寺は現在地に統合・再興され、要法寺として新たな歩みを始めた。近世に入り、江戸時代には本堂をはじめとする壮大な伽藍が造営された。現存する本堂はこの江戸期の建築を伝…