無鄰菴は明治27年(1894年)、元老・山県有朋が京都の別邸として造営した近代日本庭園の傑作である。作庭は七代目小川治兵衛(植治)が担当し、東山連峰を借景に取り込みながら、明治23年(1890年)に完成した琵琶湖疏水の水を庭園内に引き込んだ。従来の江戸期庭園とは一線を画す開放的な芝生と清流を特徴とし、近代庭園の新様式を確立したとされる。敷地内には母屋・茶室・洋館の三棟が建てられ、洋館は明治36年(1903年)4月に歴史的な「無鄰菴会議」の舞台となった。この会議には伊藤博文・山県有朋・小村寿太郎・桂太郎が参集し、対露外交方針をめぐる国策の根幹が論じられた。山県の没後、邸宅は京都市に寄贈され、昭和…