日本橋川に架かる鎧橋の東詰に、江戸時代以前から明治5年(1872年)に橋が架けられるまで存続した「鎧の渡し」の跡を示す記念碑が立つ。地名の起源は、平安時代の永承年間(1046〜1053年)、源頼義が奥州鎮定のため坂東に下った際、暴風雨に遭遇して鎧一領を海神に捧げて風波を鎮めたという伝承に由来する。また、別説では源義家(頼義の子)が後三年の役の帰途、兜ではなく鎧をこの地の水中に沈めて竜神に祈ったという言い伝えもある。江戸時代には日本橋川を往来する重要な渡船場として、兜神社(既存スポット)と共に水運の要衝を形成した。広重の『名所江戸百景』にも「鎧の渡し小網町」として描かれ、江戸庶民の水辺の情景を今に伝える。現在の鎧橋は昭和32年(1957年)架橋の鋼橋。