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鎧の渡し跡
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鎧の渡し跡
東京都
創建
1050
種別
史跡
アクセス
東京メトロ茅場町駅から徒歩3分
東京都中央区日本橋小網町・日本橋兜町
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基本情報
史跡
創建 1050
976年目
概要
日本橋川に架かる鎧橋の東詰に、江戸時代以前から明治5年(1872年)に橋が架けられるまで存続した「鎧の渡し」の跡を示す記念碑が立つ。地名の起源は、平安時代の永承年間(1046〜1053年)、源頼義が奥州鎮定のため坂東に下った際、暴風雨に遭遇して鎧一領を海神に捧げて風波を鎮めたという伝承に由来する。また、別説では源義家(頼義の子)が後三年の役の帰途、兜ではなく鎧をこの地の水中に沈めて竜神に祈ったという言い伝えもある。江戸時代には日本橋川を往来する重要な渡船場として、兜神社(既存スポット)と共に水運の要衝を形成した。広重の『名所江戸百景』にも「鎧の渡し小網町」として描かれ、江戸庶民の水辺の情景を今に伝える。現在の鎧橋は昭和32年(1957年)架橋の鋼橋。
由緒
平安後期、源頼義(または義家)が奥州遠征の途上で海神・竜神に鎧を捧げて風波を鎮めたとの伝承に由来する古い渡船場。江戸時代は日本橋川の重要な渡し場で、広重『名所江戸百景』にも描かれた。明治5年に橋が架橋され、現在の鎧橋は1957年の架け替え。
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