日本橋北詰に、関東大震災で築地へ移転するまで約300年にわたり日本の食文化の中心地として賑わった「日本橋魚河岸」の跡地を示す記念碑と説明板が立つ。慶長年間(1596〜1615年)、摂津国佃村(現・大阪府西淀川区)の漁民が徳川家康に招かれて江戸に移住し、江戸城・将軍家への魚介類供給を担うようになったことに始まる江戸最古の卸売魚市場。最盛期には1日平均150トンの魚介が取引され、「魚河岸」と言えば日本橋を指した。寛政・文化年間の『江戸名所図会』や葛飾北斎『富嶽三十六景』「江都日本橋」にもその賑わいが描かれる。大正12年(1923年)の関東大震災で壊滅し、昭和10年(1935年)に築地市場へ移転。平成30年(2018年)築地から豊洲へ再移転したが、記念碑は今も江戸庶民の台所の原点として参拝者が絶えない。