逗子市沼間に位置する日蓮宗の古刹で、正式名称は沼間山法勝寺。本尊は十一面観音菩薩坐像で、奈良時代の名僧・行基が養老8年(724年)に三日三晩で彫り上げたと伝わる秘仏。永仁3年(1295年)、日蓮聖人の門弟・大善阿闇梨日範聖人が当地で法論に勝ち、それまでの天台宗・正覚寺を改宗して日蓮宗法勝寺として創立した。「七つ頭の大蛇伝説」が伝わる寺としても名高く、奈良時代に逗子湾が沼地だった頃、沼間に七つの頭を持つ大蛇が出現して村人を苦しめたが、長尾左京大夫善応の懇請により行基が観音像を彫って祈祷したところ大蛇は心を改めて守り神となったという。長尾善応らはその後、大蛇の頭を一頭ずつ別々の社に祀るため周辺に七つの諏訪神社を建立した。境内西隣の桐ヶ谷家(堀の内)には平安末期の武将・源義朝(源頼朝の父)の沼浜亭跡があったと伝わり、沼間は源氏ゆかりの地でもある。本尊の十一面観音は領主の娘の皮膚病を治した奇跡から…
沼間山法勝寺の本尊・十一面観音菩薩坐像は、養老8年(724年)に奈良時代の名僧・行基菩薩が三日三晩で彫り上げたと伝わる古仏である。当時、逗子湾は内陸まで入り込んだ沼地で「沼間」の地名の由来となっており、その沼地に七つの頭を持つ大蛇が出現して村人を苦しめていたとされる。沼間の長尾左京大夫善応は行基に大蛇の調伏を懇請し、行基はこの観音像を彫って海辺で経を唱えたところ、大蛇は心を改めて村の守り神となったという「七つ頭の大蛇伝説」が伝わる。長尾善応らは大蛇の頭を一頭ずつ別々の社に祀るため、周辺に七つの諏訪神社を建立した。
寺の前身は天台宗の正覚寺であったが、永仁3年(1295年)、鎌倉時代後期に日蓮…