しかし建武の新政は、すぐに行き詰まりました。理由はいくつかあります。
1. 恩賞の不公平
倒幕で命をかけて戦った武士たちへの恩賞(褒美)が不公平でした。働きに見合わない恩賞しかもらえない武士が続出し、不満が高まりました。
2. 公家の優遇
後醍醐天皇は公家(貴族)を重んじ、武士を軽視しました。「武士が命がけで幕府を倒したのに、得をするのは公家ばかり」という不満が広がりました。
3. 政策の混乱
新政の政策はしばしば現実離れしており、命令がころころ変わるなど混乱が続きました。「二条河原落書(にじょうがわららくしょ)」という当時の落書きには、新政への庶民の不満・皮肉が記されています。