後白河法皇の政治力の真骨頂は「強い者を利用し、強くなりすぎたら捨てる」という戦略にあります。
清盛(平家)を利用→捨てる
平清盛を重用して平家政権を確立させましたが、清盛が独走すると対立。1179年に清盛に軟禁されましたが、清盛の死後に復権しました。
義仲を利用→捨てる
源義仲が平家を都から追い払うと、今度は義仲を利用。しかし義仲が暴力的になると義経に討たせました。
義経を利用→捨てる
義経を使って平家を滅ぼしましたが、義経が頼朝と対立すると義経を見捨てました。
頼朝と妥協
さすがに頼朝は「使い捨て」できず、妥協しながら関係を維持しました。1192年、後白河法皇が亡くなった後、頼朝はついに征夷大将軍に任命されました。