1657年(万治元年)、光圀は水戸に**彰考館(しょうこうかん)**という研究機関を設立し、「大日本史」の編纂を始めました。
この事業の目標は「神武天皇から後小松天皇まで(日本の初代天皇から室町時代まで)の正式な歴史を漢文で書くこと」でした。
全国から優秀な学者を集め、資料を調査し、史実を確認し、文章を書く……この作業が何十年も続きました。
光圀は1701年に73歳で亡くなりましたが、大日本史の完成を見ることはありませんでした。しかし光圀が死んでも編纂事業は続きました。
水戸藩の歴代の藩主たちが代々この事業を引き継ぎ、最終的に全397巻の大日本史が完成したのは1906年(明治39年)でした。