当時の僧侶は不殺生戒・不淫戒(妻帯禁止)を厳守するのが大原則。親鸞は「煩悩を持つ凡夫こそ阿弥陀仏に救われる」という他力本願の論理を徹底することで、聖と俗の境界を解体しました。これが浄土真宗の在家中心主義の核となります。
越後は配流の5年間、関東は赦免後の自発的布教20年間。布教の本格的展開は関東(常陸・下総・上野)で、ここに後の本願寺教団の母体となる門徒組織が形成されました。稲田の草庵を拠点に、約20年で関東に念仏教団が広がりました。
正式には『顕浄土真実教行証文類(けんじょうどしんじつきょうぎょうしょうもんるい)』、全6巻。浄土真宗の根本聖典で、教(きょう)・行(ぎょう)・信(しん)・証(しょう)・真仏土(しんぶつど)・化身土(けしんど)の六巻から成る。関東で着手し、京帰還後も改訂を続けた生涯の主著です。
両者とも親鸞を宗祖とする浄土真宗ですが、慶長7年(1602年)に分立。西本願寺は浄土真宗本願寺派(門主:大谷家)、東本願寺は真宗大谷派(門首:大谷家別流)。教義の根本は同じだが、組織・儀礼に独自性があります。京都七条堀川に並んで本山が建ちます。
『教行信証』(西本願寺所蔵)と『三帖和讃』『御消息集』など、複数の真筆が残ります。西本願寺・東本願寺・専修寺(三重県津市)などで特別公開時に拝観可能。中世仏教史の最重要文化財群です。