流罪を解かれた後、親鸞は関東の**稲田(現・茨城県笠間市)**に移り、約20年間にわたって農民や武士層への布教に従事しました。難しい教学ではなく、「南無阿弥陀仏」と唱えるだけで救われるという、シンプルでわかりやすい教えは急速に広まります。
晩年は京都に戻り、主著**「教行信証(きょうぎょうしんしょう)」**を執筆。浄土真宗の教義を体系的にまとめた大著で、現在も宗の根本典籍とされています。1263年(弘長2年)、90歳で穏やかに入寂しました。
浄土真宗は後に日本最大の仏教教団に発展しました。現在、京都市内には総本山が二つあります。
西本願寺(浄土真宗本願寺派)は国宝・世界文化遺産にも指定されており、唐門・飛雲閣など豪壮な建築が残ります。親鸞の御影堂(みえいどう)は特に荘厳で、多くの参拝者が手を合わせます。
東本願寺(真宗大谷派)も京都駅近くに位置し、御影堂は世界最大級の木造建築の一つとして知られます。毎朝の晨朝勤行(じんじょうごんぎょう)は一般参拝者も参加できます。