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東本願寺と徳川家康——真宗大谷派が生んだ世界最大の木造建築
京都駅から徒歩7分、烏丸通に面して建つ東本願寺(真宗本廟)は、1602年に徳川家康が教如に寺地を寄進したことで西本願寺から分立した真宗大谷派の本山。世界最大級の木造建築「御影堂」と、明治再建時に女性門徒が髪を差し出した「毛綱」の逸話が、篤い信仰の歴史を今に伝える。
目次
MOKUJI
東本願寺の誕生——徳川家康が仕掛けた宗教分断
世界最大の木造建築「御影堂」——その圧倒的なスケール
境内の見どころ——御影堂門・渉成園と年中行事
まとめ——京都駅から7分でたどり着く信仰の重厚感
よくある質問
京都駅の北口を出て烏丸通を歩けば、7分で巨大な木造山門が視界を塞ぐ。高さ約28m、世界最大級の木造山門「御影堂門」——それが東本願寺の第一印象である。正式名称は「真宗本廟」、通称「お東さん」。真宗大谷派の本山として、今も全国の門徒の信仰を一身に集める。
東本願寺の御影堂門。高さ約28mの世界最大級の木造山門が参拝者を迎える
東本願寺の誕生——徳川家康が仕掛けた宗教分断
石山合戦の遺恨と教如の孤立
東本願寺の創建を理解するには、その40年前にさかのぼる必要がある。天正8年(1580年)、織田信長と本願寺の11年にわたる戦い「石山合戦」は、時の本願寺住職・**顕如が信長との和議を受け入れることで終結した。しかし顕如の長男・教如**はこの和議に強く反対し、徹底抗戦を主張し続けた。父子の対立は深刻化し、教如は住職の地位を弟に譲ることを余儀なくされた。
この分裂の傷を抱えたまま、教如はひたすら反信長・反権力の強硬路線を守ろうとした。顕如の死後、住職に復帰した教如だったが、豊臣秀吉とも折り合いが悪く、1592年には再び隠退を余儀なくされた。孤立した教如にとって、**徳川家康**の接触は渡りに船だった。
慶長7年(1602年)——家康の寺地寄進と東西分立
慶長7年(1602年)、家康は教如に対して京都・烏丸七条の寺地を寄進した。この一手は巧みな政治計算に基づいていた。当時の西本願寺は、全国に数百万人の門徒を抱える巨大な宗教勢力である。一枚岩のままにしておくのは徳川政権にとって危険だ——家康はそう判断し、内部の対立を利用して本願寺を二分することを選んだ。
こうして慶長7年に誕生したのが、現在の東本願寺の前身となる寺院である。教如を初代住職とし、西本願寺と組織的に分かれた。教如は西に反発する門徒を糾合し、家康は宗教的分断という果実を手に入れた。以後、東の真宗大谷派・西の浄土真宗本願寺派として、両寺は別々の道を歩むことになる。
東本願寺と西本願寺——どう違う?
項目
東本願寺
西本願寺
正式名称
真宗本廟
龍谷山本願寺
宗派
真宗大谷派
浄土真宗本願寺派
通称
お東さん
お西さん
分立年
慶長7年(1602年)
分立前からの継続
本尊
阿弥陀如来
阿弥陀如来
京都市内の位置
下京区烏丸七条
下京区堀川六条
最寄り駅
JR京都駅(徒歩約7分)
JR京都駅(徒歩約15分)
世界遺産
なし
あり(1994年登録)
西本願寺はユネスコ世界遺産に登録されているが、東本願寺も建築規模では負けていない。むしろ御影堂の大きさは世界最大級を誇る。
東本願寺の御影堂(大師堂)。世界最大級の木造建築で親鸞聖人の御真影を安置する
Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0 / 663highland
世界最大の木造建築「御影堂」——その圧倒的なスケール
東大寺大仏殿を超える建築面積
御影堂(大師堂)は東西76m・南北58mという巨大な伽藍で、建築面積において奈良・東大寺の大仏殿を上回ると言われる。正面9間、建物の高さも約29mに達し、内部には最大1,000人が参拝できる広大な内陣が広がる。ここに安置されるのは、浄土真宗の開祖・**親鸞**聖人の御真影(坐像)である。
東本願寺の境内には御影堂のほか、阿弥陀如来を本尊とする「阿弥陀堂」(東西52m・南北47m)も並び立つ。二大堂宇が横並びに立つさまは、世界でも類を見ない宗教建築の景観をなしている。
御影堂門の下から望む御影堂。巨大な伽藍が烏丸通沿いに広がる
火災と再建の歴史——「火出し本願寺」の苦難
現在の御影堂・阿弥陀堂は、**明治28年(1895年)**に完成したものだ。江戸時代から明治にかけて、東本願寺は幾度も火災に見舞われた。あまりの頻度に「火出し本願寺」と揶揄されたほどである。
大きな転機は天明8年(1788年)の京都大火だった。この大火で東本願寺は全焼。再建にあたって江戸幕府から飛騨産木材4600本もの寄進を受け、寛政10年(1798年)にようやく復元を果たした。しかしその後も度重なる火災が続き、元治元年(1864年)の禁門の変では御所周辺が戦場となり、またも全焼した。
明治に入り、全国の門徒の浄財と労働を結集して再建に着手した。木材の調達・運搬から建設まで、すべて信者の篤い信仰に支えられた大工事だった。
毛綱——女性門徒が差し出した髪の縄
明治の再建工事において、最も語り継がれるエピソードが「毛綱(けづな)」の物語だ。御影堂のような巨大な建物を建てるには、太い丸太を引き上げるための丈夫な綱が欠かせない。しかし工事中、この綱が何度切れても新しい綱を調達するのは困難を極めた。
そのとき、全国各地の女性門徒たちが自らの長い髪を切り落とし、撚り合わせた縄を寄進した。断髪は当時の女性にとって容易な決断ではなかった。それでも「親鸞聖人の御堂を一刻も早く再建したい」という一心で、数多くの女性が我が身の一部を差し出した。
この毛綱は今も東本願寺に保存・展示されており、見学することができる。全長約70m・直径約15cmの縄に無数の黒髪が絡み合い、門徒の篤い信仰の証として静かに時を刻んでいる。毛綱はお東さんの象徴的な展示物のひとつであり、東本願寺を訪れた際にはぜひ実物を間近で見てほしい。
烏丸通から望む東本願寺の伽藍。左に阿弥陀堂・御影堂、右に御影堂門が並ぶ
Wikimedia Commons / CC BY 2.5 / 663highland
境内の見どころ——御影堂門・渉成園と年中行事
御影堂門の彫刻美と参道の空間
境内に入って最初に目を引くのが、高さ約28mの御影堂門だ。正面5間の三重門で、細部には精巧な組物と彫刻が施されている。明治期に再建された木造建築の技術の粋が凝縮されており、その門をくぐる瞬間に気持ちが引き締まる体験は唯一無二だ。
御影堂門の精緻な組物と白い垂木。明治再建の巨大木造建築の迫力を間近に望む
御影堂門から御影堂へ続く参道は石畳で整えられており、季節を問わず参拝者が絶えない。大晦日から元旦にかけては多くの人が集まり、新年の御参拝を行う。
渉成園(枳殻邸)——国の名勝庭園
東本願寺の飛地境内として知られる「渉成園(しょうせいえん)」(別名:枳殻邸〔からたちてい〕)は、江戸初期に東本願寺の飛地として整備された池泉回遊式庭園で、国の名勝に指定されている。石川丈山が関わったとも伝わる庭園は、春の桜、初夏の藤、秋の紅葉など四季折々の景観が美しい。東本願寺とセットで訪れることをお勧めする。
東寺知恩院と合わせて京都の仏教建築を1日で巡ることもできる。
御正忌報恩講——親鸞聖人を偲ぶ最大の行事
毎年1月に行われる「御正忌報恩講(ごしょうきほうおんこう)」は、浄土真宗において最も重要な法要のひとつ。親鸞聖人の命日(11月28日・旧暦、新暦換算で1月)を偲んで全国の門徒が東本願寺に集まり、報恩感謝の念を捧げる。大規模な法要が連日行われ、境内は全国から集まった参拝者で溢れる。
まとめ——京都駅から7分でたどり着く信仰の重厚感
参拝時のポイント
アクセス: JR京都駅(烏丸口)から徒歩約7分。烏丸通を北へ歩けばすぐに御影堂門が見えてくる。
御影堂と阿弥陀堂: 御影堂には親鸞聖人の御真影が安置される。無料で内部に入れるため、畳の上に座り静かに参拝できる。
御影堂門: 境内外からでも高さ約28mの威容を存分に堪能できる。内部の彫刻まで見るには中に入って上を見上げること。
毛綱の展示: 明治再建時の毛綱が展示されている。実際の太さと質感に圧倒される。
渉成園(枳殻邸): 飛地の名勝庭園。別途拝観料が必要だが、東本願寺とセットで訪れる価値がある。
御朱印について: 浄土真宗では御朱印の授与を行っていない。「法語印(ほうごいん)」と呼ばれる仏の教えを記した印を授与する寺院もある。詳細は公式サイトで確認を。
拝観料・時間: 境内(御影堂・阿弥陀堂)は無料。最新の拝観時間・行事日程は東本願寺公式サイトで事前確認を推奨。
ゆかりのスポット一覧
東本願寺 — 真宗大谷派本山。世界最大級の木造建築・御影堂と毛綱の展示
西本願寺 — 浄土真宗本願寺派本山。世界遺産に登録された国宝建築が並ぶ「お西さん」
東寺 — 空海ゆかりの京都の象徴。五重塔は日本最高を誇り、弘法市も有名
知恩院 — 浄土宗総本山。三門は木造山門として日本最大。東本願寺と同じく巨大木造建築の宝庫
おすすめの巡礼コース——京都駅周辺の仏教建築を歩く
JR京都駅を起点にした半日コースを提案する。まず東本願寺で世界最大級の御影堂と毛綱に圧倒される。続いて西へ15分歩けば世界遺産の西本願寺に至る。両寺の規模感と宗派の違いを体感したら、南西の東寺へ向かい、空海が守り続けた五重塔を仰ぐ。徳川が仕掛けた東西分立の歴史と、平安以来の真言密教の聖地を一日で体感できるコースだ。
よくある質問
東本願寺と西本願寺の違いは何ですか?
もとは同じ本願寺から、慶長7年(1602年)に徳川家康が顕如の長男・教如に寺地を寄進したことで分立した。東本願寺(真宗大谷派)と西本願寺(浄土真宗本願寺派)の宗祖・本尊はともに同じだが、組織・管理体制・儀礼の細部が異なる。位置は東本願寺が七条烏丸、西本願寺が六条堀川と約1km離れており、両方を1日で参拝することも可能。
毛綱とはどのようなものですか?
明治の東本願寺再建工事の際、女性門徒が自らの髪を切って撚り合わせた縄を寄進したもの。巨大な木材を引き上げる際に綱が不足し、全国から髪の毛が集められた。現在は境内で保存・展示されており、全長約70m・直径約15cmの実物を間近で見ることができる。
御影堂はどれほど大きいのですか?
東西76m・南北58mの建築面積を持ち、奈良・東大寺の大仏殿を建築面積で上回るとされる世界最大級の木造建築。内陣には最大1,000人が参拝できる広さがある。現在の建物は明治28年(1895年)の再建によるもので、江戸時代から明治にかけての度重なる火災後に全国の門徒の篤志で完成した。
東本願寺へのアクセスは?
JR「京都」駅(烏丸口)から烏丸通を北に徒歩約7分で御影堂門に到着する。地下鉄烏丸線「五条」駅からも徒歩圏内。境内(御影堂・阿弥陴堂)は無料で参拝できるが、飛地境内の渉成園(枳殻邸)は別途拝観料が必要。拝観時間・最新情報は東本願寺公式サイトで事前確認を。
最終更新: 2026年6月7日
── 了 ──
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