定家には、譲れない美意識がありました。「有心(うしん)」——歌に深い情趣・余情を込めるべきだという美学です。
上皇の好みと定家の美学は、しばしば食い違いました。上皇は「歌道においても朕(天皇)に従え」と定家に迫りました。
しかし定家は、政治的には上皇に従っても、芸術については自分の信念を曲げませんでした。
定家は自身の日記「明月記(めいげつき)」に、その決意を記しています。「公事(政治)は天子(天皇)に従う。しかし歌道(和歌の道)は然らず(そうではない)」。
「政治では天皇に従う。でも芸術については、天皇にも従わない」——芸術家としての強烈なプライドの表明でした。