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伊弉諾命・伊弉冉命——国産み・神産みの夫婦神と黄泉の世界
伊弉諾命(いざなぎのみこと)と伊弉冉命(いざなみのみこと)とは、日本の島々と八百万の神々を生んだ「国産みの神」です。淡路島の伊弉諾神宮・多賀大社を中心に、黄泉比良坂(よもつひらさか)の神話と禊祓いの意味を解説します。
目次
MOKUJI
伊弉諾命・伊弉冉命とは何か——日本神話の創世を担った夫婦神
国産み・神産みで生まれた主な島と神々
黄泉の国と禊祓い——神話が伝える生死の思想
伊弉諾命・伊弉冉命を祀る主な神社
参拝時のポイントと参拝前に知っておきたいこと
よくある質問
伊弉諾命・伊弉冉命とは何か——日本神話の創世を担った夫婦神
伊弉諾命(いざなぎのみこと)・伊弉冉命(いざなみのみこと)とは、古事記・日本書紀に記される、日本列島と八百万の神々を生み出した「国産みの神」です。
伊弉諾神宮(淡路市)——伊弉諾命が禊を行った地とされる淡路島の一宮
Wikimedia Commons / CC BY-SA 3.0
天地開闢(てんちかいびゃく)——宇宙の始まりから神々が次々と生まれる中で、この二柱はとりわけ重要な役割を担いました。高天原(たかまがはら)の神々から「天沼矛(あめのぬぼこ)」という特別な矛を授かり、混沌とした海を搔き回して最初の島「淤能碁呂島(おのごろじま)」を生み出した——これが国産み神話の始まりです。
「二柱(ふたはしら)」という数え方は神様に使われる独特の敬称です。神様は「一柱(ひとはしら)、二柱(ふたはしら)」と数えます。この夫婦神はまさに日本という国土と、天照大御神(あまてらすおおみかみ)をはじめとする主要な神々を生んだ、神道世界の礎(いしずえ)といえる存在です。
古事記と日本書紀における記述の違い
伊弉諾・伊弉冉の神話は、古事記(712年)と日本書紀(720年)という二つの史書にそれぞれ記されていますが、細部において異なる記述が見られます。
項目
古事記
日本書紀
成立年
712年(和銅5年)
720年(養老4年)
主な目的
天皇家の由来・伝承の保存
対外的な国家正史
記述スタイル
日本語的表現・物語性が強い
漢文・中国の史書体裁に準拠
島を生む順序
淡路島が最初
異伝が複数あり
黄泉の記述
詳細・写実的な描写
比較的簡略
古事記では淡路島を最初に生まれた島として記し、それ以降の八島を「大八洲(おおやしま)」と呼んでいます。この違いは、古事記が日本語的な感覚に根ざした物語として編まれたのに対し、日本書紀が複数の異伝を「一書に曰く(あるふみにいわく)」として併記する方式を採ったためです。
国産みの舞台——淡路島と大八洲
淡路島(現在の兵庫県)は、古事記において最初に生まれた島として特別な地位を与えられています。現在も淡路島を代表する神社として伊弉諾神宮が鎮座し、伊弉諾命の御神霊を祀っています。
**大八洲(おおやしま)**とは「大いなる八つの島」を意味し、日本列島の原形をなします。「八」は具体的な数というよりも「多くの」を意味する古語的用法であり、日本全体を象徴する表現です。
国産み・神産みで生まれた主な島と神々
二柱の神は国産みに続いて、多くの自然の神々を次々と生み出しました。これを**神産み(かみうみ)**と呼びます。
天沼矛で海をかき混ぜる伊弉諾命と伊弉冉命——国産み神話を描いた絵巻
Wikimedia Commons / Public Domain
生まれた島と神々の対照表
産まれたもの
名称
現在の場所・対応する神格
第1島
淡路島(淡道之穂之狭別島)
兵庫県淡路島
第2島
四国(伊予之二名島)
愛媛・高知・徳島・香川
第3島
隠岐島(隠岐之三子島)
島根県隠岐諸島
第4島
九州(筑紫島)
九州全体(筑紫・豊・肥・熊曾)
第5〜8島
壱岐・対馬・佐渡・本州
本州は「大倭豊秋津島」
火の神
火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)
火の神格——伊弉冉命はこの神を産んで亡くなる
海の神
大綿津見神(おおわたつみのかみ)
海の神格・龍宮の主
風の神
志那都比古神(しなつひこのかみ)
風の神格
山の神
大山津見神(おおやまつみのかみ)
山の神格・木花之佐久夜毘売の父
陰陽の神
天照大御神・月読命・素盞嗚尊
禊後に誕生。三貴子(みはしらのうずのみこ)と総称
神産みの中でも特筆すべきは、伊弉冉命が**火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)**を産む際に火傷を負い、やがて黄泉の国へ旅立つという悲劇です。この出来事が、後の黄泉神話へと続く物語の転換点となります。
三貴子——天照・月読・素盞嗚の誕生
国産み・神産みを経た伊弉諾命は、黄泉の穢れを清める**禊祓い(みそぎはらい)を行いました。その禊の中で三柱の貴い神が生まれます。これを三貴子(みはしらのうずのみこ)**と呼びます。
天照大御神(あまてらすおおみかみ)——左目を洗ったときに生まれた太陽神。高天原を統べる神々の最高神
月読命(つくよみのみこと)——右目を洗ったときに生まれた月の神。夜の世界を統べる
素盞嗚尊(すさのおのみこと)——鼻を洗ったときに生まれた嵐・海の神。後に出雲で八岐大蛇(やまたのおろち)を退治する
黄泉の国と禊祓い——神話が伝える生死の思想
黄泉比良坂(島根)——伊弉諾命が黄泉から逃れ、現世との境界を閉じたとされる地
Wikimedia Commons / CC BY-SA 3.0
黄泉比良坂——現世と他界の境界線
**黄泉(よみ)とは、死者が赴く地下の世界を意味します。**古事記では「根の堅州国(ねのかたすくに)」とも称され、暗く湿った世界として描かれています。
伊弉冉命の死を悲しんだ伊弉諾命は、黄泉の国まで妻を迎えに行きます。しかし伊弉冉命はすでに黄泉の食べ物を口にしており、現世への帰還は叶いませんでした。さらに伊弉諾命は「決して見てはならない」という約束を破って死の姿となった妻を目撃してしまい、驚き恐れて逃げ出します。黄泉の国の怒れる神々が追いかけてくる中、伊弉諾命は**黄泉比良坂(よもつひらさか)**という坂道を登り、大きな岩(千引の岩・ちびきのいわ)でその入り口を塞ぎました。
この岩を塞いで二柱が交わした言葉が、日本神話における生と死の分離を象徴しています。
「汝の国の人草を、一日に千人絞り殺さん」(伊弉冉命) 「汝がそうするならば、我は一日に千五百の産屋を立てよう」(伊弉諾命)
この対話は「死と生のせめぎ合い」を端的に表しており、「毎日必ず人が死ぬが、それ以上の新しい命が生まれる」という人間世界の摂理を神話的に説明しています。静寂に身を置くと、この神話が単なる物語ではなく、生命の循環への深い祈りであることが感じられます。
淡路島——最初に生まれた島として古事記に記される、伊弉諾・伊弉冉神話の聖地
Wikimedia Commons / CC BY-SA 3.0
禊祓い——清めの思想の根拠
黄泉から戻った伊弉諾命は、**日向の橘の小門(ひむかのたちばなのおど)という川(現在の宮崎県または淡路島の諸説あり)で禊を行いました。この禊が、神道における禊祓い(みそぎはらい)**という儀礼の起源とされています。
禊祓いとは、穢れ(けがれ)を水で洗い清め、本来の清浄な状態に戻るという思想を体現した行為です。現在も神社参拝の際に行う手水(てみず)——社頭の手水舎で手と口を清める作法——は、この禊祓いの簡略化された形として日々の参拝に受け継がれています。先達の精神が息づいています。
伊弉諾命・伊弉冉命を祀る主な神社
多賀大社(滋賀)——伊弉諾命・伊弉冉命を祀り、長寿・縁結びの神として信仰される
Wikimedia Commons / CC BY-SA 3.0
伊弉諾神宮(淡路市)——国産みの聖地・一宮
伊弉諾神宮は、兵庫県淡路市多賀に鎮座する神社で、伊弉諾命を主祭神として祀ります。古事記に「淡路の多賀に坐す」と記されており、伊弉諾命が国産みを終えた後に余生を送った地とも、禊を行った地とも伝わります。
社格(しゃかく)——かつての神社の格付け制度——において、伊弉諾神宮は淡路国一宮(その国で最も格の高い神社)に位置付けられており、旧社格は官幣大社(かんぺいたいしゃ:国家が幣帛〔へいはく・神への供え物〕を奉る最高位の神社)です。現在も「日本最古の神社の一つ」として篤い信仰を集めています。
境内には推定樹齢900年以上とされる**夫婦大楠(めおとおおくすのき)**があり、縁結び・夫婦和合の御神木として親しまれています。国産みの神を祀る聖地に二本の楠が寄り添うその姿に、「二柱が共に新しい命を生み出す」という祈りが込められています。
多賀大社(滋賀県多賀町)——長寿と縁結びの大社
多賀大社は、滋賀県犬上郡多賀町に鎮座し、伊弉諾命・伊弉冉命の二柱を並んで祀る神社です。「お多賀さん」の名で広く親しまれ、古くから長寿・縁結び・夫婦和合・縁切りの神として信仰されてきました。
室町時代には豊臣秀吉が母の病気平癒を願って米一万石を奉納したという伝承が残り、「太閤の出世米」と呼ばれる名物が今日も受け継がれています。また、著名な茶人・古田織部が境内の梅を愛でたという故事から、梅の名所としても知られています。
境内に架かる太鼓橋は、縁結びの神を祀るに相応しい優美なたたずまいを見せており、季節を問わず多くの参拝者が訪れます。
多賀大社いびがわ(岐阜県揖斐川町)
多賀大社いびがわは、多賀大社の分祀社として岐阜県揖斐郡揖斐川町に鎮座します。本社同様に伊弉諾命・伊弉冉命を祀り、長寿・縁結びの信仰を地域に伝えています。本社への参拝が難しい方々の「近くで同じ神様に祈りたい」という願いに応えるかたちで、各地に分祀が広まったことが感じられます。
常陸国伊佐奈岐神社(茨城)
常陸国伊佐奈岐神社は、茨城県に鎮座する式内社(しきないしゃ:平安時代の「延喜式」に記載された由緒ある神社)で、伊弉諾命を祀ります。東国における伊弉諾信仰の広がりを示す存在として、研究者からも注目されています。
参拝時のポイントと参拝前に知っておきたいこと
参拝時のポイント
伊弉諾命・伊弉冉命ゆかりの神社を参拝する際には、以下の点を心がけると参拝がより深いものになります。
手水の意味を意識して行う——参拝前の手水は、黄泉の穢れを清めた禊祓いの神話に直接つながる所作です。単なる作法として流さず、心の穢れを水に流すという祈りの意識を持ちながら行うと、神様への向き合い方が変わります。
夫婦・縁結びの御神木に手を合わせる——伊弉諾神宮の夫婦大楠のような、二柱が寄り添う御神木の前では、自身の大切な縁や関係性に思いを馳せながら祈ることが勧められています。縁結びだけでなく、すでにある縁の感謝を伝えることも、この夫婦神の神格にふさわしい祈りです。
黄泉比良坂を訪ねる際は夕刻を避ける——黄泉との境界を示す史跡は、島根県松江市東出雲町に現存します。昼間の参拝が推奨されており、夕刻以降の一人参拝は地元でも慎まれています。
ゆかりのスポット一覧
伊弉諾神宮(淡路市) — 淡路島一宮。国産みの聖地、夫婦大楠の御神木
多賀大社(滋賀県多賀町) — 長寿・縁結びの大社。豊臣秀吉の奉納伝承
多賀大社いびがわ(岐阜県揖斐川町) — 多賀大社の分祀社
常陸国伊佐奈岐神社(茨城) — 東国における式内社の伊弉諾信仰
伊弉冉神社 — 伊弉冉命を主祭神として祀る社
よくある質問
伊弉諾命と伊弉冉命はどちらが先に生まれたのですか?
厳密には「生まれた」ではなく、高天原(たかまがはら)の神々から「次に生まれた神(次に顕れた神格)」として古事記に描かれています。二柱は夫婦として登場し、どちらが先という説明は古事記には明記されていません。天地開闢の過程でともに顕現した対の神として理解するのが適切です。
伊弉冉命は現在どの神社に祀られていますか?
伊弉冉命は伊弉諾命とともに多賀大社(滋賀)に祀られているほか、伊弉冉神社などに単独の主祭神として鎮座しています。また、花の窟(はなのいわや:三重県熊野市)は伊弉冉命の埋葬地とも伝わる古社で、日本最古の神社の一つとも称されます。
「禊(みそぎ)」と「祓い(はらい)」はどう違うのですか?
は水に身を浸して穢れを清める個人的な行為で、伊弉諾命が黄泉帰還後に行ったことが神話的起源です。祓いは神職が言葉(祓詞・はらいことば)や道具(大麻・おおぬさ)を用いて穢れや罪を取り除く儀礼で、集団や空間に対しても行われます。現在の神社参拝における「大祓(おおはらえ)」は6月・12月の末日に全国の神社で行われる集団の祓い神事です。
なぜ伊弉諾命・伊弉冉命を祀る神社が長寿・縁結びの御利益で知られるのですか?
国産み神話において、伊弉諾命と伊弉冉命は「共に新しい命を生み出す」夫婦神として描かれています。この「命を生み出す力」「二柱が寄り添い世界を産む」という神格が、縁結び・子授け・夫婦和合の信仰と結びつきました。また、黄泉から戻って長く現世に留まった伊弉諾命の神話が、長命・延命の御利益信仰の根拠となっています。「長寿は黄泉の穢れを祓い切った清浄さの証」という祈りが込められています。
淡路島を訪れたとき、伊弉諾神宮以外にも神話ゆかりの場所はありますか?
はい。淡路島には伊弉諾神宮のほか、沼島(ぬしま)が「おのごろ島(天沼矛で搔き混ぜて生まれた最初の島)」の有力候補地として挙げられています。また、島内には古代の祭祀遺跡や、古事記に登場する地名が残る集落が点在しており、「神話の島」としての景観が今も息づいています。静寂に身を置くと、古代の人々が神話をこの地で体感していたことが実感できます。
最終更新: 2026年5月25日
── 了 ──
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