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BASICS
鎌倉七口の切通し完全ガイド——幕府の防衛要塞と武士の参詣道を歩く
三方を山に囲まれた天然要塞・鎌倉を守った七つの切通し。朝夷奈切通し・亀ヶ谷坂・建長寺・浄智寺・長谷寺・銭洗弁財天など、主要7ヶ所の位置・歩き方・難易度を比較表付きで徹底解説。歴史トレッキングコースとしても人気の参拝完全ガイドです。
目次
MOKUJI
鎌倉七口とは何か——幕府の防衛地理と切通しの役割
主要な切通し——それぞれの歴史と歩き方
切通しとゆかりの寺社——参拝と組み合わせるルート
切通し徒歩ルートの選び方——難易度・所要時間・見どころの比較
よくある質問
鎌倉は天然の要塞だった——三方を稲村山系・大仏山系・六国見山などの丘陵に囲まれ、南に鎌倉湾を持つこの地形が、鎌倉幕府の防衛を700年以上にわたって担保してきた。七口の切通しはその「唯一の陸上の出入り口」として、武士の参詣路であり軍事防衛線でもあった。
朝夷奈切通・鎌倉側入口。岩壁が両側から迫る中世の道が今も残る
Tarourashima / Public Domain / Wikimedia Commons
鎌倉七口とは何か——幕府の防衛地理と切通しの役割
「切通し(きりどおし)」とは、山の稜線を人工的に削り開いた峠道のことだ。鎌倉幕府は地形の防衛力を最大化するため、七つの主要切通しを整備・管理した。
鎌倉はなぜ「天然の要塞」と呼ばれるか?
北・西・東を山に囲まれ、南に相模湾(鎌倉湾)を持つ鎌倉の地形は、防衛上きわめて優れている。切通しを通さなければ山を越えることができず、各切通しに兵を配置するだけで大軍の侵入を防ぐことができた。元弘3年(1333年)に新田義貞の軍勢が鎌倉を攻めた際も、切通しでの激戦が記録されている。
七口はどこにあるか?
鎌倉七口の位置と特徴は以下の通りだ。
切通し名
現在の所在地
難易度
特徴
朝夷奈切通し
鎌倉市十二所〜横浜市金沢区
最もよく保存された鎌倉時代の道
亀ヶ谷坂切通し
鎌倉市山ノ内
北鎌倉から市内へのルート
巨福呂坂切通し
鎌倉市山ノ内
建長寺参道沿い(一部消滅)
極楽寺坂切通し
鎌倉市極楽寺〜坂ノ下
江ノ電「極楽寺駅」近く
大仏切通し
鎌倉市常盤〜深沢
長谷寺〜大仏方面へのルート
化粧坂切通し
鎌倉市扇ガ谷〜源氏山
銭洗弁財天への近道
名越切通し
鎌倉市材木座〜逗子市
まんだら堂やぐら群が見られる
大仏切通。七口の中で最も原形を残す切通しで、竹林の中を深い堀割が続く
Ktmchi / Public Domain / Wikimedia Commons
主要な切通し——それぞれの歴史と歩き方
七口の中でも特に歴史的重要性が高く、現在も歩ける切通しを詳しく解説する。
朝夷奈切通し(あさひなきりどおし)——最良の保存状態
朝夷奈切通しは建長元年(1241年)頃に造られたとされる、七口の中で最もよく鎌倉時代の姿を留めた切通しだ。鎌倉市十二所から横浜市金沢区六浦にかけての約1キロのルートで、岩を削った急斜面・石仏・湧き水などが随所に残る。国指定の史跡で、歴史トレッキングの最高峰と言える場所だ。往復約2〜3時間。
亀ヶ谷坂切通し(かめがやつさか)——北鎌倉から市内へ
亀ヶ谷坂切通しは北鎌倉から鎌倉市街(扇ガ谷)へのルートを担う切通しで、「亀も坂を登り切れず引き返したほど急な坂」が名前の由来とされる。現在は舗装されているが、岩盤を削った急坂の雰囲気が残る。建長寺浄智寺を訪れた後にこのルートを歩くと、鎌倉の防衛地理が立体的に理解できる。
化粧坂切通し(けわいざかきりどおし)——銭洗弁財天への道
化粧坂は平安末期・鎌倉時代初期に使われていたとされる。銭洗弁財天(宇賀福神社)佐助稲荷神社へのアクセスに活用されており、急な岩場を登る箇所がある。源平合戦の際に平家の武将の首が化粧されてここを通ったという伝説が名の由来とされる。
化粧坂切通。1333年に新田義貞軍と幕府軍が激突した古戦場でもある急峻な土坂
Fred Cherrygarden / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons
切通しとゆかりの寺社——参拝と組み合わせるルート
切通しを歩く際には、周辺の寺社を合わせて参拝することで、鎌倉の歴史体験がより深まる。
建長寺・浄智寺と巨福呂坂・亀ヶ谷坂を組み合わせる
建長寺(鎌倉五山第一位)と浄智寺(五山第四位)は北鎌倉の禅刹で、亀ヶ谷坂・巨福呂坂切通しと隣接している。建長寺参拝後に亀ヶ谷坂を歩いて扇ガ谷方面へ抜けるルートは、鎌倉の防衛地理と禅文化を同時に体感できる人気コースだ。
長谷寺・銭洗弁財天・佐助稲荷神社と極楽寺坂・化粧坂を組み合わせる
長谷寺(十一面観音で有名)は極楽寺坂切通し近くに位置する。銭洗弁財天佐助稲荷神社は化粧坂方面から向かうコースが人気で、源氏山公園を経由した周遊ルートとして整備されている。銭を洗うと増えるとされる銭洗弁財天のユニークな信仰と、源頼朝ゆかりの佐助稲荷を同日に参拝できる。
亀ヶ谷坂切通・鎌倉側。緩やかな坂が続き、浄智寺への参詣路として武士たちに親しまれた
Tarourashima / Public Domain / Wikimedia Commons
切通し徒歩ルートの選び方——難易度・所要時間・見どころの比較
七口の切通しを実際に歩く際の選択基準を整理した。
初心者向け・中級者向け・上級者向けルートの比較
カテゴリ
おすすめ切通し
所要時間
特徴
初心者向け
極楽寺坂・巨福呂坂
30分〜1時間
舗装済み・緩やかな勾配
中級者向け
亀ヶ谷坂・化粧坂・名越
1〜2時間
一部未舗装・急坂あり
上級者向け
朝夷奈切通し・大仏切通し
2〜4時間
未舗装・岩場・急斜面
朝夷奈切通しのアクセスと歩き方
朝夷奈切通しの最寄りバス停は「十二所神社前」(鎌倉駅東口からバス約15分)。切通し入口から六浦(よろら)方面に約1キロ進み、折り返して戻るピストンルートが一般的。スニーカーでも歩けるが、雨後は滑りやすいためトレッキングシューズ推奨。
参拝時のポイント
朝夷奈・大仏切通しは単独行動は避け、2人以上で行動することが望ましい
化粧坂は雨後に特に滑りやすい。降水後24時間は避けたほうが安全
亀ヶ谷坂は北鎌倉から建長寺を経由して徒歩で鎌倉市街へ抜ける周遊コースに最適
浄智寺の境内から亀ヶ谷坂へはほぼ直通でアクセス可能
名越切通・逗子側から見た道。三浦半島へと続く古道で、沿道にはやぐら(岩窟墓)が残る
Ootahara / CC0 1.0 Public Domain / Wikimedia Commons
よくある質問
鎌倉七口の切通しとはどういうものか?
三方を山に囲まれた鎌倉の「唯一の陸上出入り口」として整備された七つの峠道のことだ。山の尾根を人工的に削り開いて作られた切通しは、鎌倉時代の軍事防衛と武士の参詣路の両方の機能を担った。現在は一部が国の史跡・史跡公園として整備されており、歴史トレッキングコースとして人気がある。
朝夷奈切通しはどのくらい歩きやすいか?
朝夷奈切通しは七口の中で最も保存状態がよく、鎌倉時代の道の雰囲気をそのまま感じることができる。未舗装の山道で、岩盤を削った急坂や湧き水が流れる箇所がある。スニーカーでも歩けるが、トレッキングシューズが望ましい。雨後は特に滑りやすいため注意が必要。所要時間は往復約2〜3時間。
銭洗弁財天の「銭を洗う」とはどういう意味か?
銭洗弁財天(宇賀福神社)では、境内の洞窟から湧き出る清水でお金を洗うと、そのお金が増えて戻ってくるという信仰がある。源頼朝が夢のお告げに従ってこの泉を見つけたという伝説に由来し、現在も多くの参拝者が紙幣や硬貨を竹ざるに入れて洗う光景が見られる。
新田義貞の鎌倉攻めと切通しはどのような関係があるか?
元弘3年(1333年)、後醍醐天皇に呼応した新田義貞が鎌倉を攻めた際、七口の切通しが最前線となった。幕府軍は各切通しを守って激しく戦ったが、稲村ケ崎の海岸を迂回するルートを突破されたことで防衛ラインが崩れ、鎌倉幕府は滅亡した。切通しはその最期の日まで幕府防衛の砦として機能した。
浄智寺から亀ヶ谷坂切通しへのアクセスはどうすればよいか?
浄智寺の山門から北鎌倉駅方面に少し戻り、案内板に従って亀ヶ谷坂切通し方向へ進む。舗装路を10〜15分ほど歩くと切通しの入口に到達する。亀ヶ谷坂を越えると鎌倉市街(扇ガ谷)に出ることができ、そのまま寿福寺(鎌倉五山第三位)へ徒歩でアクセス可能だ。
最終更新: 2026年4月25日
── 了 ──
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