**狩野派(かのうは)**は室町時代から江戸時代にかけて幕府御用絵師として活躍した日本最大の絵師集団だ。狩野探幽(1602〜1674)は日光東照宮の障壁画・天井画の多くを手がけた。陽明門内部の彫刻と組み合わさった障壁画は、江戸初期の装飾芸術の最高水準を示す。金碧(こんぺき)様式——金地に鮮やかな岩絵の具で描く技法——で描かれた松・鶴・虎などの図柄が、権威ある空間を荘厳に飾っている。
**長谷川等伯(1539〜1610)**は安土桃山時代の最大の絵師の一人で、狩野派に対抗した独自の画風を確立した。知恩院・智積院(ちしゃくいん)など京都の寺院に多数の奉納画を残している。智積院の「桜図」「楓図」(国宝)は金地に大木と花を豪放に描いた傑作で、江戸初期の金碧障壁画の中で最高峰とされる。
住吉大社(大阪府)には、江戸時代以降に奉納された多数の**絵馬(えま)**が保存されている。船絵馬・松絵など多彩な絵馬が奉納されており、奉納絵馬の歴史を知るうえで重要な資料だ。絵馬はもともと生きた馬の代わりとして奉納されたもので、やがて絵画として高い芸術性を持つものも多く奉納されるようになった。
厳島神社(広島県)には平家納経(へいけのうきょう)——平清盛が1164年に一族が分担して書写・彩色した33巻の経典——が国宝として残る。金・銀・螺鈿を駆使した極彩色の装飾経典は、貴族的な美意識の極致であり、「奉納」という行為の精神的・芸術的な意味を最高水準で体現している。