水天の起源をたどると、インド神話の最高神格のひとつ、**ヴァルナ神(Varuna)**にまで遡ります。ヴァルナは『リグ・ヴェーダ』(紀元前1200年頃)において、天界の水と宇宙の秩序(リタ)を司る偉大な神として登場します。海・河川・雨を支配し、人間の罪を見とがめ、真実と正義を守護する——そのような全知全能の水の神格として崇拝されていました。
ヴァルナは時代とともに、水中に住む神獣**マカラ(摩伽羅)**に乗る姿で描かれるようになります。このマカラとは、ワニ・魚・象の特徴を合わせ持つ想像上の生き物であり、後に仏教美術において水の守護を象徴する図像として世界各地に伝播していきます。
仏教がインドから中国・日本へと伝わる過程で、ヴァルナは**水天(すいてん)**として仏教の守護神体系に組み込まれました。密教の世界では、水天は東南方を守護する護世八方天(ごせはっぽうてん)の一尊として位置づけられ、雨・水難除け・航海安全を守護する神仏として信仰されるようになったのです。
日本に伝来した水天は、**「水難から人々を守る仏教の護法神」**という性格を持ちながら、やがて独自の展開を遂げていきます。その最大の変容が、安産・子育ての守護神としての役割の確立です。
水天が安産と子育ての守護神として庶民に親しまれるようになった背景には、水と生命の誕生を結びつける普遍的な信仰観があります。水は生命の源であり、母親の胎内の羊水——すなわち「命を育む水」——と、水を司る神仏とが観念的に結びついていったのです。
江戸時代以降、水天宮への安産祈願は江戸庶民の間に急速に広まりました。久留米藩(現在の福岡県久留米市)の藩邸に祀られていた水天宮が江戸での参拝を許したことで、遠方からも多くの人々が訪れるようになりました。その後、明治5年(1872年)に現在の東京・日本橋蛎殻町に水天宮が遷座し、東京の水天宮として定着します。
水天宮の御祭神は天御中主神(あめのみなかぬしのかみ)と水天(安徳天皇・高倉平中宮・二位の尼)を合わせて祀ったものとされます。この融合は、平家滅亡の際に壇ノ浦に沈んだ安徳天皇と二位の尼(平時子)への鎮魂と、水難除けの信仰が結びついた特異な歴史を反映しています。
今日でも「戌の日(いぬのひ)」の安産祈願は水天宮の風物詩となっており、帯祝いのお参りに訪れる方々の姿が絶えません。この祈りには、子どもを無事に産み、育てたいという、時代を超えた親の願いが込められています。