都営浅草線・泉岳寺駅を降りると、すぐそこに泉岳寺の山門が見えます。1612年(慶長17年)に創建されたこの曹洞宗の寺院が広く知られるようになったのは、1703年(元禄16年)の赤穂事件——いわゆる「忠臣蔵」の舞台となったからです。主君・浅野内匠頭の墓所があるこの寺に、大石内蔵助以下四十七士が仇討ちを果たした後に自刃し、その霊は今も泉岳寺の境内に眠っています。
毎年12月には「義士祭」が催され、全国から多くの参拝者が訪れます。駅名「泉岳寺」は、単なる地名ではなく、日本人の義と忠誠心への根深い共感が地形に刻まれた証といえます。静寂に身を置くと、四十七士の誓いが今もこの地に満ちているような気がしてきます。
京成電鉄の「成田山」駅(京成成田駅とともに最寄り駅として機能)から参道を歩くと、やがて成田山新勝寺の総門が姿を現します。940年(天慶3年)、平将門の乱を鎮めるために寛朝僧正が関東に下り、成田の地で護摩を修したのが開山の起源とされています。
真言宗智山派の大本山(だいほんざん)として全国に末寺を持ち、初詣の参拝者数は例年300万人を超え、明治神宮とともに日本一を争います。「成田」という地名そのものが、この寺の存在なくしては語れません。成田空港に降り立った海外からの旅行者が最初に耳にする地名が「成田」であることも、信仰の歴史が現代の交通インフラに重なっている象徴のように思えてなりません。
大阪市営地下鉄谷町線「四天王寺前夕陽ヶ丘」駅は、駅名の長さでも知られますが、その名が示す四天王寺は、593年(推古元年)に聖徳太子が創建したと伝えられる日本最古の官寺です。「日本書紀」によれば、物部守屋との戦いの際に太子が四天王に誓願を立て、勝利の後に建立したとされています。
官寺(かんじ)とは、国家が建立・管理した寺院を指します。四天王寺はその最初の例として、日本の寺院建築の原型を今に伝えています。現在の伽藍は戦災後に再建されたものですが、1400年以上にわたる祈りの積み重ねは、この地の空気に溶け込んでいるようです。
東急池上線「池上」駅から徒歩10分ほどの高台に、池上本門寺は建ちます。1282年(弘安5年)10月13日、日蓮上人はこの地で入滅しました。弟子の池上宗仲が屋敷を寄進し、以来この地は日蓮宗の重要な聖地となっています。
一方、京急大師線の始発駅「川崎大師」を降りると、参道には飴屋・土産物屋が軒を連ね、今も江戸時代の門前町の賑わいを感じさせます。川崎大師平間寺は、真言宗智山派の大本山として厄除け祈願で知られ、初詣には例年300万人近い参拝者が訪れます。正式名称は「平間寺(へいけんじ)」ですが、「川崎大師」という通称の方が広く定着しているのも、信仰と地名が不可分に結びついている証です。
また、東武大師線「西新井大師西」駅からすぐの場所に西新井大師總持寺があります。弘法大師(空海)が826年(天長3年)に開創したと伝えられ、関東三大師のひとつとして数えられます。「大師」という敬称が駅名にそのまま使われていることは、弘法大師への信仰がいかに庶民の間に根付いていたかを物語っています。