享保4年(1719年)、祥雲寺八世・怡溪和尚の法嗣である良堂和尚が、小日向御箪笥町にあった普明寺を現在の南麻布4丁目に移築して「多聞山天現寺」と改称し開山したと伝わる臨済宗大徳寺派の寺院。本尊は**聖徳太子御製と伝わる毘沙門天木像**(樟の丸木作り、像高103.5cm)で、関東でも数少ない聖徳太子ゆかりの毘沙門像として信仰を集めてきた。弘化2年(1845年)の江戸大火で伽藍は焼失したが再興され、さらに昭和20年(1945年)の東京大空襲で再び焼失、昭和42年(1967年)10月29日に現在の本堂・堂宇が再興落慶した。麻布・恵比寿エリアの主要交差点「**天現寺橋**」の地名の由来となった寺院でもあり、広尾〜麻布十番〜恵比寿を結ぶ都心部における臨済禅の静かな祈りの拠点として、江戸中期以来300年の法灯を守り続ける隠れた古刹。