文禄3年(1594年)、徳川家康の発願により高野山の学僧・真海上人が開山した高野山真言宗の寺院。「虎薬師」の通称で親しまれ、寅の日に参拝すると特に御利益があるとされる薬師如来を本尊として祀る。寺号の「大徳院」は弘法大師空海の「大」と徳川家の「徳」を合わせたものとの伝承があり、高野山真言宗と徳川家の深い結びつきを象徴する。江戸時代は両国橋西詰に位置し、回向院や諸大名の江戸屋敷に隣接する本所・両国地区の要衝に鎮座していた。境内には江戸時代の石仏や庚申塔が残り、庶民信仰の痕跡を今に伝える。関東大震災で焼失後に再建され、東京大空襲でも被災するが復興。現在は両国の住宅街に静かに佇む古刹として、地域住民の信仰を集めている。JR両国駅から徒歩5分。