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宝田恵比寿神社
宝田恵比寿神社
東京都
創建
1606
種別
神社
アクセス
東京メトロ小伝馬町駅から徒歩5分 / 新日本橋駅から徒歩3分
東京都中央区日本橋本町3-10-11
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基本情報
神社
創建 1606
420年目
御祭神・御本尊
事代主命
少彦名命
大国主命ほか六柱
ご利益
商売繁盛
金運・財運
交通安全・海上安全
事業繁栄・開店繁盛・取引成功。稲荷神社や恵比寿神社で広く祈願される。
御祭神「事代主命・少彦名命・大国主命ほか六柱」のご神徳に由来
概要
慶長11年(1606年)、江戸城拡張に伴い旧城外の宝田村から現在地へ集団移転した際、馬込勘解由が鎮守様を奉安して創建。徳川家康から授かった恵比寿神像が御神体で、運慶作と伝わる。祭神は事代主命・少彦名命・大国主命ほか六柱。毎年10月19・20日の「べったら市」は江戸時代から続く名物行事で、20日の恵比寿講に備えて神社前に露店が立ち並んだのが起源。浅漬大根(べったら漬)を売る声が響き渡るこの市は、江戸の商人文化を今に伝える日本橋の秋の風物詩として数百の露店が通りを埋め尽くす。日本橋七福神の恵比寿神を担い、正月の七福神巡りの人気スポットでもある。
由緒
慶長11年(1606年)、徳川家康による江戸城拡張工事に伴い、旧城外に位置した宝田村の住民が現在地(日本橋本町)へ集団移転した。その際、村の鎮守として祀られていた神を馬込勘解由が奉安したことが創建の起源とされる。御神体の恵比寿神像は徳川家康より授かったものと伝わり、鎌倉時代の仏師・運慶の作と伝承されている。江戸時代中期以降、毎年10月20日に行われる「恵比寿講」の前夜にあたる19日、神社周辺にはべったら漬(浅漬大根)をはじめとする露店が軒を連ねるようになり、これが「べったら市」の起源とされる。この市は江戸の商人文化を象徴する行事として定着し、近代以降も継続して開催されている。明治・大正・昭和の…
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徳川家康とのつながり
天正18年(1590年)、小田原征伐後に江戸に入府した徳川家康は、山王日枝大神を篤く崇敬した。赤坂の日枝神社を「江戸の鎮守」と定めるとともに、山王祭の神幸行列が日本橋の御旅所まで渡御する慣行を整えた。以来、山王祭は天下祭として将軍の上覧に供される最高格の祭礼となり、日本橋日枝神社はその神幸の終着点として江戸の商人たちの信仰の中心となった。家康の江戸開発の精神が、この茅場町の小社にも脈々と息づいている。

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