江戸城三十六見附の一つとして外郭南辺の守りを固めた日比谷御門の跡で、慶長19年(1614年)に天下普請として熊本藩主加藤忠広が周辺の石垣を築造し、寛永5年(1628年)には仙台藩主伊達政宗が門石垣を完成させた。高麗門・枡形・渡櫓・番所を備えた本格的な外郭門として江戸城外堀の南面を防衛し、江戸市民の日比谷入口を守護した。明治6年(1873年)の廃城処分により撤去されたが、石垣西側の外濠は日比谷公園造成時に心字池として保存され、見附石垣の一部は日比谷公園内に今も雄大な姿を残している。国特別史跡・江戸城跡とは別個の史跡として千代田区内で最も保存状態の良い江戸城外郭遺構の一つであり、加藤・伊達両大名の大名普請の技量を今に伝える。