江戸城本丸・二の丸の北側に開く高麗門と渡櫓門からなる枡形門で、大手門・桜田門と並ぶ江戸城の主要な城門の一つ。本来は大奥の女中や大奥出入りの商人・医師・僧侶が使う「御局門(みつぼねもん)」として知られ、将軍の生母・側室・女中らが登城・退城に用いた。また、罪人や死者を城外へ出す「不浄門」としての役割も担い、浅野内匠頭長矩が元禄14年(1701年)の松の廊下刃傷事件の後に本丸から出されたのもこの門であったと伝わる。現在の門は昭和の復元だが、桝形石垣と土塁・堀は江戸期の姿を良好に留め、皇居東御苑の北門として一般公開されている。門前の平川橋は皇居の橋のなかで最も江戸の面影を残す木造風の橋として人気がある。