[ まだ写真がありません ]
最初の一枚を投稿しませんか
永明院
京都府
右京区嵯峨天龍寺芒ノ馬場町に位置する臨済宗天龍寺派の塔頭寺院で…
創建
1339
種別
寺院
アクセス
京都府京都市右京区嵯峨天龍寺芒ノ馬場町60番地
Google Map で開く ↗
基本情報
寺院
創建 1339
687年目
宗派
臨済宗天龍寺派
概要
右京区嵯峨天龍寺芒ノ馬場町に位置する臨済宗天龍寺派の塔頭寺院で、世界遺産・天龍寺(てんりゅうじ)の境内地区「芒ノ馬場(すすきのばば)」に佇む。天龍寺は室町幕府初代将軍・足利尊氏(あしかがたかうじ、1305〜1358年)が後醍醐天皇(ごだいごてんのう)の菩提を弔うために暦応2年(1339年)に創建した臨済宗の禅寺で、「雲龍図(雲と龍の障壁画)」で知られる法堂・曹源池(そうげんち)庭園が名高い。永明院(えいめいいん)は天龍寺の山内に立つ塔頭のひとつとして、嵐山・嵯峨の禅文化の中心に位置する。
由緒
天龍寺(てんりゅうじ)は暦応2年(1339年)に足利尊氏・直義兄弟が後醍醐天皇(1288〜1339年)の菩提を弔うために創建した臨済宗の大本山。開山(初代住職)は夢窓疎石(むそうそせき・1275〜1351年)で、彼は相国寺・鹿苑寺(金閣寺)・大覚寺なども設計・指導した「七朝帝師(ななちょうていし)」。曹源池(そうげんち)庭園は夢窓疎石の設計で、後亀山天皇・嵐山の岩山・大堰川(おおいかわ)を借景として取り込んだ史上初の本格的な借景庭園として名高い。 後醍醐天皇は鎌倉幕府を倒した「建武の新政(けんむのしんせい)」を主導したが、足利尊氏の反乱により京都を追われて吉野(南朝)へ移り、1339年に崩御…
もっと読む
みんなの投稿
0
まだ投稿がありません
御朱印
まだ御朱印の投稿がありません
情報を提案する
位置のずれ / 由緒 / 参拝時間 / アクセス / 設備 / 注意事項 などを提案できます
事実と違う内容を報告
📱
アプリでもっと便利に
GPS自動スタンプ・オフライン閲覧・推し活機能
App Store からダウンロード
📱
アプリで巡礼を楽しむ
App Store からダウンロード