寛正2年(1461年)、室町幕府の管領を務めた細川頼之が、聖仲永光を開山として天龍寺の塔頭寺院として創建した。しかし15世紀後半に勃発した応仁の乱(1467〜1477年)の兵火により堂宇を焼失し、長らく同じ天龍寺塔頭の弘源寺内に仮寓する形で法灯を保ち続けた。江戸時代を通じて正式な独立伽藍を持たない状況が続いたとされるが、寺としての歴史は絶えることなく継承された。明治期の社寺整理政策による影響も受けたと伝わる。近代以降も弘源寺境内での仮寓状態が続いていたが、2002年(平成14年)に天龍寺境内の現在地へ正式に移転し、独立した塔頭として再興を果たした。現在の境内には、嵐山を借景とした回遊式山水庭園…