和銅6年(713年)、元明天皇の勅願により僧・行基によって創建されたと伝わる。当初は「葛井寺」と称し、現在地より北方の山麓に位置していたとされる。平安時代には嵐山一帯の信仰の拠点として栄え、本尊・虚空蔵菩薩への参詣が盛んであった。渡月橋はもともとこの寺への参道として架けられたと伝わり、寺と嵐山の景観は密接に結びついてきた。中世には度重なる兵火や洪水により伽藍が被害を受けたとされるが、都度再建が繰り返された。近世には現在地である嵐山中腹に移転・整備されたと伝わる。明治時代には神仏分離令の影響を受けたが、真言宗の寺院として法統を保ち、「虚空蔵法輪寺」の名で今日に至る。20世紀以降、境内に電気・電波…