福岡城は、関ヶ原の戦いの功績により筑前国を与えられた黒田長政が、1601年(慶長6年)から7年の歳月をかけて築いた近世城郭である。黒田氏は備中高松城の遺材を転用したとも伝わる。城は那珂川と外濠に囲まれた丘陵(福崎山)上に築かれ、本丸・二の丸・三の丸など47の櫓を擁する九州最大級の規模を誇り、「舞鶴城」の雅称でも知られる。天守台は現存するが、天守が実際に建てられたかどうかは諸説あり定かではない。江戸時代を通じて黒田氏12代の居城として機能した。1871年(明治4年)の廃藩置県を経て、1873年(明治6年)の廃城令により城郭建造物の多くは取り壊された。現在は舞鶴公園として整備され、多門櫓・潮見櫓・…