護王神社の起源は平安時代初期にさかのぼる。和気清麻呂の没後、嵯峨天皇の勅命により816年(弘仁7年)に高雄山神護寺の境内に霊社が建立されたのが創祀とされる。清麻呂は奈良時代末期、僧・道鏡による皇位簒奪の陰謀を阻止した忠臣として知られ、宇佐八幡宮への勅使を務めた際に道鏡の怒りを買い、足萎えにされて大隅国へ流されたと伝わる。その途上、イノシシの群れが現れて清麻呂を守ったという故事が、境内に猪の像が多数置かれる由来となっている。神護寺境内の霊社はその後、都心部へと遷座を重ね、江戸時代には現在地近くに移されたとされる。明治時代に入ると、1851年(嘉永4年)に孝明天皇より「護王大明神」の神号が授けられ…