享禄2年(1529年)に性空(七里隼人)が草庵を結び、天文9年(1540年)に第2世理慶が正式に創立した浄土真宗本願寺派の古刹。第5世正海は石山合戦(1570-1580年)に本願寺側で参戦し、武器を笈に隠して博多から大坂へ運び織田信長軍と戦った。その戦功により毛利家から「おもだか紋」を賜り、今も寺紋として用いる。明治32年(1899年)には第十六代住職・七里恒順の遺志を受けて境内に龍華孤児院が創立され、明治37年には120人以上の孤児を収容する九州屈指の児童養護施設として近代福祉史に名を刻んだ。博多七堂伽藍の一つに数えられる博多真宗信仰の拠点。