弘仁6年(815年)、弘法大師空海が薬師如来を刻んで安置し開創したと伝わる。当初は「高福寺」と称した真言宗の寺院として栄えた。中世に入ると衰退したとされるが、16世紀に土佐の戦国大名・長宗我部元親が再興し、臨済宗妙心寺派の禅宗寺院に改め「雪蹊寺」と命名したと伝わる。元親は四国制覇を成し遂げた武将であり、同寺を長宗我部氏の菩提寺と定めた。境内には元親をはじめとする長宗我部氏歴代の霊廟・墓所が残る。江戸時代には土佐藩の保護を受けつつ、四国八十八箇所第33番札所として遍路文化の中に組み込まれ、薬師如来への病気平癒の信仰が篤く受け継がれた。明治初期の神仏分離・廃仏毀釈の波を経て一時衰退したとされるが、…